就職活動早期化の問題点
「ドリコム退職にあたり-宮崎謙介⇒加藤謙介(@ドリコム)の誰にも見せないつもりの日記」は、かなりストレートに思いがぶちまけられていて、この方の苦悩が伺える。
ドリコムに内定して、次の4月に入社予定だった友達が、最近内定辞退し、また就職活動をしているという話を聞いて、気になっていたんだが、社内はごたごたしている様子だ。
他にも、2年ほど前、他の友達がライブドア関連会社に就職が決まっていたんだけど、卒業間近の1月中旬にライブドア事件が起きて、もう一度就職活動するかどうかすごく悩んでいたということもあった。
今の就職活動は時期が毎年、早くなっていて、3年生・修士1年生のうちに内定が出る人なんてざらにいる。ということは、実際にその会社で働き始めるまでには、1年以上もある訳で、その中で会社の状況が変わる可能性は大いにありうる。企業が早いうちから学生を囲い込みたいという気持ちは分かるが、不幸な学生を量産するだけだ。
また、内定から入社までに内定者の気が変わるということだってありうる。いろんな企業を回って、自分が何に向いているのか、何をやりたいのか、必死に考えても、それは就職活動時点の最適解かもしれない。1年もあれば人の気持ちが変わるのは不思議でない。就職活動の早期化が、入社後すぐに転職する人を増やす一因になっているような気がする。
僕としては、面接受けて、「あなたを採用するので、明日から働きに来てください」ってくらいの時間感覚が理想だと思っているんだけど、それは極端としても、この状況は是正すべきじゃないかな。
PS:
海外の大学生は、大学卒業の2、3ヶ月前、あるいは卒業後に就職活動をするという人がほとんどらしいということを聞いて、うらやましいなーと思ったりする訳だが、逆に海外の大学生の中には、日本の大学生は卒業のかなり前から就職が決まっていて、将来に不安を感じなくていいのはうらやましいと言う人もいるらしい。「隣の芝生は青く見える」ということでしょうかね。
やらまいか精神
「やらまいか*1」は、静岡県西部の方言(遠州弁)で、「やってみよう」という意味。
ヤマハ、ホンダ、スズキなど、世界に名だたる企業を生み出した浜松。その原動力となった「失敗を恐れずにやってみよう」という精神風土が、「やらまいか」という言葉に集約されている。
僕としては、そんな浜松で生まれ育った影響というのは大きくて、新しいこと、自分が知らないことに首を突っ込みたくなるのは、そのせいかもしれない。
長い人生、何かに迷うこともあるだろう。何でも、やってみないと分からない。失敗するかもしれないけれど、挑戦してみたい。
今後、「やらまいか」という言葉が、自分の判断の鍵となるような気がしている。
*1:実際には、今の人は「〜まいか」なんて言葉は使わないけれど、「やら舞歌」というタイトルの盆踊り的なものを小学校の運動会で踊ったり、いろいろと刷り込みが行われている。浜松のキャッチコピーは「やらまいかスピリッツ! 創造都市・浜松から。」で、浜松出身で活躍している人を「浜松市やらまいか大使」と任命したり、広報活動にも広く使われている。
エンジニアへの憧れ
「採用説明会での資料を公開します。 - IT戦記」は、id:amachangさんがエンジニアにかける熱い思いが伝わってきて、素直に感動した。
「技術経営(MOT)を学んでいる理由」に書いたが、僕はエンジニアになる道を挫折して、今、技術経営を学んでいる。その道自体に後悔はないけれど、僕はエンジニアへの憧れを持っている。そして、エンジニアの道を究めようと頑張っている方々は、本当に尊敬している。id:amachangさんが言う通り、エンジニアは、世界中で働けるし、知ることを楽しめるし、自分一人で発想を発明に変えられるし、世界を変えられる、すばらしい仕事だと思う。
最近、エンジニアに対するネガティブなイメージが飛び交っていて、IPAフォーラム2007の討論会の件では僕もそれに加担してしまった。本気で頑張っているエンジニアの方々が気分を悪くしていたら、申し訳ないです。
技術経営(MOT)を学んでいる理由
父親がエンジニアだった影響か、小さいころから工作とか好きだった。学校の勉強では数学や理科が得意だったし、高校の進路選択では特に迷わずに理系を選んだ。当時、ロケットのエンジニアになりたいと思って、東京大学理科一類を選んだ。
大学に入って、これからは宇宙よりもロボットの時代になるんじゃないかと思って、ロボットのエンジニアになるための勉強ができそうな工学部機械情報工学科に進学した。2年生の後半からぼちぼちC言語とかの演習が始まっていくんだけど、僕はプログラミングにはあまり触れたことがなかったので、演習は結構大変だった。しかも、同じ学年にすごくプログラミングできる人間が何人かいて、僕は演習をこなすだけで精一杯なのに、そいつらは僕よりすごいものをさくっと作ってしまう。それでいて、彼らはすごく勉強熱心だった。努力が足りなかったといえばそうなのかもしれないんだけど、僕はそこまでの情熱を傾ける気になれなかったし、どれだけ頑張ってもそいつらに勝てる気がして、ロボットへの情熱はすっかり冷めてしまった。
そして、4年生のときに研究室に配属されて、研究に取り組むことになる。一日中研究室にいて、一つの技術を極めていくという生活は自分の性に合っていないかもしれないと思い始めたんだけど、明確にやりたいことがある訳じゃなくて、結構悩んでいた。
当時、ベンチャーブームだったのが理由かもしれないけど、漠然と経営というものに興味を持ち始めていて、たまたま食堂に張ってあった技術経営戦略学専攻のポスターを見たのが進路変更のきっかけだった。
テクノロジーから離れるつもりで今の大学院に来たのだけど、CEATECとかIT・電機関係の展示会とか行くとすごくワクワクする自分に気づいた。エンジニアとしての道からは離れてしまったけれど、小さいころにモノを作るのが好きだった気持ちは変わっていないのかなという気がした。
そのあたりから、技術が持つ可能性を見極めて、ビジネスを作り出していくという技術経営の考え方が自分とすごく合っていて、この道ならば自分ならではの生き方ができるような気がしてきた。先端的な技術とビジネスの双方を理解できる人となるために、MOTを学んでいる。
ということで、エンジニアへの道で挫折した訳だが、その結果、自分がもっと情熱を傾けられるフィールドが見つかったのは、よかったと思っている。来年からは経営コンサルタントとして仕事をしていくが、技術経営の道を極めていきたいと思っている。
環境ベンチャー活況続く
日経新聞より。
今年1―9月期に米ベンチャーキャピタル(VC)が環境技術関連ベンチャーに投じた資金は26億500万ドル(約2900億円)と、昨年1年の合計を上回り、過去最高を更新した。
最近、訳あって、環境技術関連ベンチャーの動向を調べていたのだが、アメリカで環境技術は「Cleantech*1」と呼ばれていて、この分野のベンチャーに投資がかなり集まっている模様。
2005年の日本におけるベンチャーキャピタルによる投資額は2,345億円*2ということなので、日本の全分野への年間投資額を上回る額が、アメリカのVCからCleantechに投資されている訳だ。
2003年から2006年までのCleantech投資をまとめたものが下図*3だが、2006年に北米では急激に増えている。
さらに、
米国内への投資が全体の六十五%を占める一方、ブラジルや中国などへの海外投資も目立った。
ということで、新興国への投資も増えているという。
日本では、IT、バイオなどへの投資は、一般的になってきているが、まだ環境関連技術への投資は少ない。最近、石油の値段が上がっているし、環境対策の必要性を感じる。環境関連の技術力の高さでは、世界をリードしている日本からも、世界を救えるような環境ベンチャーが生まれてくることを期待したい。
今後も、Cleantechから目が離せなくなりそうだ。
参考までに、英語版WikipediaのCleantechの項目に載っていたVCが投資している、Cleantechベンチャー*4を、以下に掲載しておく。
これを見ると、太陽電池、燃料電池、風力発電といったものから、エネルギーの効率利用や防災など、分野もかなりばらばらである。事業内容は適当に日本語訳したので、怪しいのはご勘弁いただきたい。
*1:Cleantechの情報は、英語版のWikipediaに詳しく書かれている。Cleantechのマーケットとか、投資を行っているVCとか、リンクがまとまっているので、重宝した。
*2:出典:財団法人ベンチャーエンタープライズセンターhttp://www.vec.or.jp/vc/survey-18j.pdf
*3:出典:Cleantech Venture Network
東大生を家庭教師にした方がいい場合
東大生を家庭教師にしないでください - Thirのはてな日記
僕も家庭教師・塾講師の経験があるので、この人の言わんとしていることは分かる。
でも、大雑把に分けて、飲み込みが遅い生徒と早い生徒では、必要としている教師のタイプが違っていて、東大生を家庭教師にした方がいい場合もあると思う。
まず、飲み込みが遅い生徒の場合。3年ほど前に個別指導の塾講師をやっていたときには、自分が感覚的に理解してしまっている基本的なところでつまずいていしまう生徒には、どのように説明したらいいか分からなくて、困った。
たぶん、そのような生徒に教える場合、教師の熟練度が関わってくると思う。たくさんの生徒を指導した経験から、その生徒がどこでつまずいているのか理解し、その生徒のようなタイプにはどのように教えるのがよいのか判断する必要がある。
その教科がそんなに得意でなかった先生の方が、その生徒の視点に立ったアドバイスをできるということもあるかもしれない。ただ、どれだけ辛抱強いかとか、性格に依存するところも大きいかもしれない。
逆に、飲み込みが早い生徒の場合。
基本的なところは理解できている生徒が持ってくる難しい問題に対して瞬時に答えが出せるかとか、瞬発力が重要になってくるような気がする。僕が高校生のときに信頼していた先生は、僕が解けない問題をいきなり持っていっても、あっさり解説してくれる先生だった。
そのような生徒に対しては、家庭教師経験の浅い東大生でも力を発揮することができると思う。
生徒の方が先生より頭がいいって場合もある訳で、そういう先生はいくら経験豊富でも生徒の心を捕まえることはできない。自分が解ける問題を、先生が悩んでいたら、なめられてしまう。あの先生は頭がいいと思わせることができるかどうかが、重要である。
あとは、東大生が自分の受験体験や大学生活の話をすることによって、生徒をやる気にさせることができるというメリットも大きいだろう。
ということで、生徒がどんなタイプか考えてから、家庭教師を頼むのがよいのではないでしょうか。
「大丈夫。おまえを必要としてくれる会社は、いくらでもある」
もっと自分に正直に仕事さがしをすればいい。正直な自分を採用してくれない会社なんて、入社したところでどうせ苦労するだけだ。「入社させてください」なんて頭を下げるな。企業規模なんて関係ない。「キミがほしい」と求めてくれる会社に行くほうが、きっと何倍も幸せに働ける。
市原が今、大切にしている言葉。それは「大丈夫」のひとことだ。「ぼくの“大丈夫”には根拠はないんですけどね」と笑う市原だが、それは学生たちが一番求めている言葉なのかもしれない。
「大丈夫。おまえを必要としてくれる会社は、いくらでもある」 (ニッポン“働き者”列伝):NBonline(日経ビジネス オンライン)
熱い気持ちになった。
「大丈夫」という言葉だけですべてが片付く訳ではないけど、力強く「大丈夫」と言ってくれる人の存在は心強い。
学生はともかく将来のことについて不安なんだ。自分なりに情報を収集して、いろいろあがいて、がんばっているけど、出版物、インターネットなどなど、情報はあふれていて、何を信じたらいいかなんて分からない。
就職活動の支援というと、いかに学生の見栄えをよくして、一般的によいとされている企業にたくさんの学生を送り込むかというのが中心になってしまっていると思うが、そうではない、心の支えとなってあげられるような姿勢はすばらしいと思う。ぜひとも、このような考え方の就職支援が全国に広がってほしい。